私は、蛾と卵にトラウマがある。
私が、小学校2年生の時、友達からカイコガの幼虫を2匹もらった。
せっせと桑の葉を食べさせ、しばらくするときれいな2つの白い繭(まゆ)になった。
ある日、2つの繭(まゆ)からカイコガが出てきて、すぐに交尾を始め、卵を産み始めた。
あまりの衝撃に、その一部始終から目を逸らすことができなかった。
その時、カイコガの触覚や腹など、『蛾』の細部まで見ることになり、
それ以来、蛾や蝶が大嫌いになった。
当時の私は、ファーブル昆虫記にかなり影響を受けていた。
ある時は、近所の農家から有精卵をもらってきた。
同級生数名と理科室の孵卵器(ふらんき)でヒヨコになるのを待った。
しかし、予定日になっても卵から出てこない。
「どうしてかなあ」
みんなで考えあぐねているうちに、友達が誤って卵の1つを落としてしまった。
割れた卵の中から、ヒヨコになりかけのヒナ(?)が見えた。
あまりの衝撃で、それ以来、高校を卒業するまで卵を割ることができなかった。
そうして歳月が流れ、私も親になった。
長男が通っていた保育園に桜の木があった。
すべり台にのぼると、桜の木に手が届く。
桜の花が散って、葉桜に赤い実が生ったのを、
長男たちは「酸っぱい酸っぱい」と言いながら取って食べた。
帰宅して、ふと長男の胸元を見ると「あおむし」がくっついている。
「育ててみようか?」ふいに思い立って、虫かごで育ててみることにした。
長男は、カブトムシやカマキリなどには興味を示したが、「あおむし」には、あまり関心がない様子だった。
毎日、「あおむし」にキャベツの葉を2枚与えた。
大食漢の「あおむし」は、大きなキャベツの葉をモリモリ、むしゃむしゃよく食べた。
小学校2年生の時に、カイコガの幼虫に桑の葉をあげていたように、
私はせっせと「あおむし」にエサを与え続けた。
私は、必ず蝶になると信じて疑わなかった。
「この『あおむし』は『はらぺこあむし』のように、
きれいな七色の蝶になる。
『はらぺこあおむし』のような、きれいな蝶になったら、カイコガのトラウマも払拭されるかもしれない」
そんなことを考えたりもした。
ある日、「あおむし」の色が茶色くなり、いつしか蛹になった。
そして、羽化・・・・・・・。
茶色くて黒っぽい小さな「蛾」になって出てきた。しかも夜。
調べてみると、害虫に分類される「夜盗虫」に似ていた。
その夜、小さな蛾を自然に帰すことにした。あたりは月明かり。
長男と2人でベランダに出て、小さな葉っぱに乗せた「小さな蛾」が飛び立つ瞬間を待った。
今まで大嫌いだった「蛾」が、なんだか可愛く思えた。
「小さな蛾」だが、とても大きな存在「自然」そのもののように感じた。
「小さな蛾」は、しばらくジッとしていたが、夜の林の匂いに気づいたのか、林に向かって飛び立った。
今でも蛾や蝶は大の苦手で近くにも寄れない。
でも、あの羽化した「小さな蛾」のことだけは、鮮明に覚えている。
私の中では温かい記憶である。
今では、保育園も取り壊され、桜の木ももうない。
毎年、葉桜の季節になると、
保育園から長男の胸元にくっついてついてきた
ちゃっかり者で可愛い「あおむし」と
夜に飛び立った「小さな蛾」のことを思い出す。