いつまで母さん

依存症の家族と暮らす

初めてブログを書きます。

夫はギャンブル依存症、

息子は薬物依存症、

娘は不登校の我が家。

夫は、毎朝仕事に行き、退社後は、そのままスロット屋に行き、帰りは0時。土曜日、日曜日も仕事とギャンブルで帰りは皆が寝静まったあと。

 

息子はフリーターで、部屋には、風邪薬の瓶が大量に袋に捨てられている。

 

娘は、学校に行かず、ゲームばかりしている。

 

私は、精神科で勤務している。



どうして、私の人生はこうなっちゃったんだろう。

前世でよっぽど悪いことをしたんだろうか。

 

なぜ、今日からブログを書き始めたかというと、

 

今日、何気なくベランダから息子の部屋を覗いたら、カーテンの下に怪しいレジ袋が・・・室内に入ってレジ袋を開けてみると、たくさんの薬の瓶が捨てられていた。

 

 やめたと思っていた市販薬の大量摂取が続いてたことがショックで、ブログに記録していこうと思った。そうでもしないと自分がおかしくなりそうだったから。

 

息子は、数年前、大量服薬してバイトに行けなくなり、バイト先を何回も変えた。

5年くらい前にリストカットをしたこともある息子。その時の理由はわからない。

 

その時、息子はリストカットをして一日中黙っていた。

 

24時間くらい経って「手首を切ったんだけど」と告白してきた。

 

見ると左手首に真皮が見える深くて長い切り傷があった。

私は、大慌てで救急病院に連れて行き、

とりあえず破傷風や敗血症などの重篤には至らずに済んだ。

 

本人は、医師から「こんなに時間が経ってから来たら危険です」と叱られたとのこと。

精神科で勤務している私。自分の家族が精神科に通院するレベルなのに、人の世話をしている場合ではないのでは?と毎日、自問自答している。

 

仕事をしないと生活が成り立たない。

だけど、娘は、不登校で、学校に行かせるためには、私が送らなきゃいけない。

 

仕事に支障が出ることもある。学校へ送るために仕事をやりくりして、

職場から途中で抜け出して帰ってきても、娘は寝ている。

「今日はキツイから学校に行かない」という。

私は、「はあ・・・」と、ため息をついて再び職場に戻る。

そんな毎日の繰り返し。

 

これから、ギャンブル依存症の夫、薬物依存症の息子、

不登校の娘との暮らしをブログに記録していこうと思う。

この先に何があるのか、何が見えてくるのかわからない。

 

精神科で勤務している私の視点でアウトプットしながら、

客観的に見ていけたら、

私自身の人生を嘆かなくて済むんじゃないかと思う。

 

子どもがいる幸せは、毎日ありがたく感じている。

こんな私でも、必要としてくれたり、

お母さんと呼んでくれるのは本当にありがたい。

「一緒にいられるだけでいい」「生きていてくれるだけでいい」

 

と、思う日もある。

かと思えば、夫の冷たい一言に、どうしてこんな人と結婚しちゃったんだろうと

嘆き落ち込む日もある。

 

「いつまで母さんの役割」ができるのか?

「イチ抜けた」って言って、逃げ出すこともできるのか?

「いつまで母さん」としての役割が続くのか?

「いつまで母さん」なんて考えること自体が間違いなのか?

 

暗中模索の日々が続く。